古代の人はどんな格好??
先日、佐賀県の吉野ケ里遺跡に行ってきました
新神戸から九州新幹線で日帰り弾丸旅行。天気も快晴で充実した一日でした
吉野ケ里遺跡は平成になって発見された弥生時代のムラ集落の遺跡です
復元建物や公園が整備され、広大な敷地で廻りごたえがありました
昭和世代は「弥生時代の遺跡は静岡県の登呂遺跡」と習いましたが、吉野ケ里遺跡は登呂遺跡とはまた違った大規模な集落遺跡でした
北部九州なので大陸の影響が色濃く、すでに身分制や戦と防御の痕跡、埋葬、戦国時代の城郭に通じるような内郭の様子など現代にも通じる社会をイメージできます
| 入り口には集落防御のための 濠、塀、木の杭があります |
| 庶民と権力者の服装イメージ |
| 山裾の台地にある集落です 山を背にした景色の美しい場所です 庶民は竪穴式住居にお住まい |
| 内郭(城郭)内部の様子 戦国時代の時代劇っぽい |
| 内郭のエリア 左は3階建てのリッチな城建物 見張り台や従者の棟もある |
| 権力者の墓 甕棺に埋葬されて剣や管玉の副葬品もあった |
ついつい、当時のファッションについて知りたくなるのですが、衣服の痕跡は残りにくいのが現実です
庶民は麻の長方形の布地を左右に組み合わせて腰にひもで縛る弥生スタイルというのはまずまず納得。
高貴な人は奈良の高松塚古墳の婦人像を参考に再現されていましたが、この遺跡のあった時代はどうなのでしょうか?
渡来人から養蚕の技術は入ってきましたが、当時、絹織物の織物技術はどのレベルだったのか?知りたくなります
装飾品は貝の腕輪や管玉、髪は「みずら」だったようです
染料は茜、貝からとれる紫、あとは草木染なのでしょう
高温多湿の我が国で古代ファッションの痕跡を探すのは難しいですね
ランチは貝汁定食、晩は「かしわめし」をいただきました
| 土器の中にアサリがふんだんに入った汁 古代米のおにぎりにシュウマイ 素朴で美味しかったです |
| 帰りの電車で食べようと乗換駅のお弁当屋さんに 作っていただきました 九州は甘めの優しい味です |